タベルナ2017年04月02日 12:15

タベルナというレストランを始めとしてこの手の命名は八戸地区には結構ある、というか、あった。。

バー・カモンというバーがあったが、飲みに行く人はみんな「馬鹿もん」と言われそうである。
さすがに何年も持たないで看板が変わってしまった。

ROYALといういわばその手のホテルには驚かされた。
ROの部分のネオンが何らかの理由で点かなくなりYALだけが残っていたのである。
あまりにも直接的で、気が付かない訳は無いし風紀上早く何とかしてくれないかとヤキモキしていたが、ある日ようやく変わっていた。
どうやら売却したらしい。

八戸の方言は語尾に「スケ」をつける。
あるアパートの名前が「ハイネスK」。
こちらの方言でいうと「入ねスケ」である。
幸い満室のようで今も存在する。

それにしても、ミス・テリーを主人公にしたミステリーが何故無いのか、まさにミステリーである。

ありがとう2017年04月11日 10:28

ある時母が言ったのです。
「ありがとう」。

遠い昔のことです。
書道の先生の家の二階を借りて親子二人で住んでいました。

そんな時母が風邪を引いて寝込んでしまったのです。
私は小学二年生だったでしょうか。
何も出来ません。

でも御飯を炊かなくてはいけません。
お米は流しの下に置いてありました。

炊飯器には目盛りが付いています。
小さなカップにも目盛りが付いています。
そのカップで一合お米を掬いとり炊飯器に入れます。
そしてお米一合に合わせて炊飯器のメモリに合わせて水を注ぎます。
2、3度水洗いをして最後にメモリまで水を入れます。

タイマーが付いていたと思います。
タイマーをセットします。
そして水を多目にしてお粥を作ります。

みんな母が教えてくれた通りにしました。

おかずは梅干しと何だったでしょうか。
二人だけの貧しい食事です。
それでもお米が食べられるだけでも・・・。

その時母が言ったのです。
「美味しい。ありがとう」。

あの時の母の笑顔が今も忘れられないのです。
貧しい時代の母との一番の思い出です。

「ありがとう」は本当に心に浸みる言葉・美しい言葉です。

産婆 サンバ2017年04月25日 19:54

産婦人科を開業していた頃に書いたものです。
懷かしいので・・・。


産婆 サンバ 

助産婦、助産婦というけれどみんな産婆に変わりはない。
あたしゃこれでも赤ちゃんを1万人もとりあげた。
中にゃ親子三代、孫までもとりあげた子もありやんす。

嫁に行くときゃうれしいね。
私を式に呼んだ子も。
そんときゃ私も張り切って踊りの一つも披露する。
産婆・産婆
産婆のサンバを披露する。