青天の霹靂 ― 2016年02月15日 12:52
昔秋田市の青年の船でソビエト旅行をした際に、2,3百人の団体だったのだが、わいわい騒いで酔い疲れて、船室に帰ってきちんと扉の鍵を掛けて、安心して朝までぐっすり・・・とベッドで寝ていたのだが・・・。
と、突然に、部屋の中をどどどと女の人が。と、その後を男の人がどどどと追い掛けて。二人の団員が部屋の中を走り抜けて行くではないか。え?え?え?何事が起こったの?一体二人はどこから現れたの?ここは個室じゃ無いの?頭の中がパニックに陥ってしまった。
後で分かったのだが、船室のトイレが隣の部屋と共通で、トイレが隣と繋がっていたのである。あの時は正に青天の霹靂であった。青森県の米・青天の霹靂、売れているそうで良かったですね。それはともかくソビエト旅行。船内のバーでバーテンダーが「イクラいくら?」と冗談を言っていたのを思い出す。
先日阿川弘之の「食味風々録」で読んだのだが、日本語だと思っていたイクラがロシア語だということ。さらにキャビアもイクラの一種で赤イクラが鮭のはらごの塩漬け、黒イクラがチョウザメの子だということ。そんなことが書いてあった。イクラがロシア語だったとは。あのジョークはロシア語混じりのジョークだったのだ。あれもこれも正に青天の霹靂であった。
と、突然に、部屋の中をどどどと女の人が。と、その後を男の人がどどどと追い掛けて。二人の団員が部屋の中を走り抜けて行くではないか。え?え?え?何事が起こったの?一体二人はどこから現れたの?ここは個室じゃ無いの?頭の中がパニックに陥ってしまった。
後で分かったのだが、船室のトイレが隣の部屋と共通で、トイレが隣と繋がっていたのである。あの時は正に青天の霹靂であった。青森県の米・青天の霹靂、売れているそうで良かったですね。それはともかくソビエト旅行。船内のバーでバーテンダーが「イクラいくら?」と冗談を言っていたのを思い出す。
先日阿川弘之の「食味風々録」で読んだのだが、日本語だと思っていたイクラがロシア語だということ。さらにキャビアもイクラの一種で赤イクラが鮭のはらごの塩漬け、黒イクラがチョウザメの子だということ。そんなことが書いてあった。イクラがロシア語だったとは。あのジョークはロシア語混じりのジョークだったのだ。あれもこれも正に青天の霹靂であった。
名前 ― 2016年02月29日 11:00
先日ネットで調べ物をしていたら「植木等の輸出額・輸出国先の推移」という項目が。
「植木ひとしってクレージー・キャッツの?」「え?輸出しちゃうの?亡くなっちゃってるし?」と思ってよく読んで見ると、どうやら植物の「植木など」の輸出のことだった。
日本語は紛らわしい。そういえば、先日「ザ・万字固め」というエッセイ本を読んだが、作者が万城目学で、「まきめ」と読む。昔「旅の夜風」、「リンゴの唄」などを作曲した万城目正という人がいて、「まんじょうめ」といっていた。その万城目さんというか、まきめさんが畏敬していた作家が、車谷長吉だとか。1945年生まれで2015年に亡くなられている。結構賞を獲得している人で、全く知らなかったのだけど先ずは「鹽壺の匙」あたりから読んでみようかと思っている。
万城目で思い出したのだが、目。この「目」を「さっか」と読むって知ってました?以前八戸の種差海岸の建物にこの表札を見付けたことがあったのです。残念ながら廃屋でしたけど。八戸に「さっか」さんって居たのですね。まさか作家さんではないとは思いますが、まさに「びっくりポン」でした。
「植木ひとしってクレージー・キャッツの?」「え?輸出しちゃうの?亡くなっちゃってるし?」と思ってよく読んで見ると、どうやら植物の「植木など」の輸出のことだった。
日本語は紛らわしい。そういえば、先日「ザ・万字固め」というエッセイ本を読んだが、作者が万城目学で、「まきめ」と読む。昔「旅の夜風」、「リンゴの唄」などを作曲した万城目正という人がいて、「まんじょうめ」といっていた。その万城目さんというか、まきめさんが畏敬していた作家が、車谷長吉だとか。1945年生まれで2015年に亡くなられている。結構賞を獲得している人で、全く知らなかったのだけど先ずは「鹽壺の匙」あたりから読んでみようかと思っている。
万城目で思い出したのだが、目。この「目」を「さっか」と読むって知ってました?以前八戸の種差海岸の建物にこの表札を見付けたことがあったのです。残念ながら廃屋でしたけど。八戸に「さっか」さんって居たのですね。まさか作家さんではないとは思いますが、まさに「びっくりポン」でした。
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